呼吸器内科 研究概要

研究概要

呼吸器グループではこれまで主として肺癌、間質性肺炎および呼吸器感染症に関して以下の様な研究を行ってきました。

(1)肺癌に関する研究実績

  • 肺癌におけるサイトケラチンの解析:細胞骨格蛋白であるサイトケラチン8(以下CK8)が非小細胞癌患者血中では健常人と比較して上昇しており、 CK8高値の症例は予後が不良であることを報告しました。また非小細胞癌では異常なスプライシングを受けたCK8が細胞中に多く存在することも報告しました。さらに基礎実験によってCK8の発現が肺癌細胞の浸潤能に影響を与える事を見いだしました。現在はこのテーマに対して科学研究費を獲得し、CK8の発現調節による肺癌に対する新たな抗浸潤療法を開発中です。
  • 気管支鏡検査の精度向上に関する研究:肺癌の診断は気管支鏡検査によってなされますが、世界的にその精度は低い(結節影の正診率:平均70%程度)のが現状です。この正診率を向上させるため、気管支鏡検査中にultra-fast Papanicolaou染色によるon site cytologyを導入する研究を行ってきました。この研究の結果、当院における正診率は約90%へと向上しました。気管支鏡検査の精度がon site cytologyで向上することを示した世界初の研究成果であると言えます。
  • 肺癌の網羅的遺伝子解析法(iPat法)の開発:気管支鏡検査で得られるごく少数の肺癌細胞から遺伝子を抽出し、独自に設計されたmultiplex-PCRを行うことでそれぞれの肺癌が持つEGFR, ALK, ROS1, RET及びBRAF遺伝子を解析する方法(iPat法)を開発しました。本法は解析する細胞がごく少数であっても迅速に解析できます。この遺伝子解析結果は分子標的治療に必須であるため、本法の有用性が注目されています。

(2)間質性肺炎及び膠原病肺に関する研究実績

  • 膠原病肺の病理学的研究:膠原病には間質性肺炎が高頻度に合併しますが、その病理学的解析が充分なされていませんでした。私たちの研究チームは外科的肺生検を受けた症例を詳細に分析し、強皮症やシェーグレン症候群などの膠原病肺はnon-specific interstitial pneumonia (NSIP)が多い事を報告しています。
  • 多発筋炎・皮膚筋炎における治療マーカーの研究:多発筋炎・皮膚筋炎患者は間質性肺炎を合併しますが、間質性肺炎の活動性や治療効果を判定する指標は存在しませんでした。我々は様々な間質性肺炎の活動マーカーを検討する中でKL-6が最も良い指標となることを発見し報告いたしました。
  • 間質性肺炎における自己抗体の発見:抗サイトケラチン8、18抗体及び抗ビメンチン抗体が検出されることを報告しました。また患者血中にはこれらの抗原・抗体複合体が証明されることも報告しました。

(3)肺感染症における画像診断

肺非結核性抗酸菌症、インフルエンザ肺炎等の画像所見を解析し、その特徴を報告しました。

基礎研究

現在進めている基礎研究には主に以下の様なものがあります。

  • 肺癌における中間径フィラメントの研究:CK8を標的とした新たな抗浸潤療法を開発するべく研究を進めています。またCK8と同じ中間径フィラメントであるビメンチンも肺癌細胞の浸潤能に影響を与えている可能性があるため、新たにビメンチンの機能解析研究も行っています。本研究は呼吸器外科、病理部との共同研究として倫理委員会の承認を得て進めています。
  • 肺癌に対する免疫療法の基礎研究:肺癌細胞は免疫担当細胞からのからの攻撃を回避するシステムを有しています。このシステムの一つとしてPD-L1を介したメカニズムがあり、抗PD-L1抗体の有効性に注目が集まっています。本研究ではこのような免疫療法が有効となる患者を選択するための血中バイオマーカーを探索しています。既に患者血中可溶性PD-L1の測定等を含んだ研究計画を倫理委員会に提出し、承認を得ています。
  • 肺癌における癌関連線維芽細胞(CAF)に関する研究
    肺癌治療において、癌周囲の血管新生を抑える薬剤Bevacizumabが開発され、良い治療結果が得られています。このように肺癌治療には、癌細胞を直接標的にするのではなく、周囲の間質を標的とする方法もあります。近年、癌の周囲に認められる癌関連線維芽細胞(Cancer-Associated Fibroblast; CAF)といわれる線維芽細胞が、肺癌の悪性度を高めることが報告されました。私たちはCAFの産生機序や機能を解明することで、新たな肺癌治療「抗CAF治療」の開発を追求しています。現在、肺癌細胞から分泌されるTGF-β1などいくつかの分子が関与することを見出しています。
  • 呼吸器悪性腫瘍のマウスモデルの作成
    ヒトにおける癌研究は、癌病巣への到達が困難であることや倫理的問題により様々な制限をうけます。癌のマウスモデルはこれらの制限を克服するために作成され、発癌や増大・転移の機序解明、あるいは癌治療の開発に不可欠となっています。近年、私たちは、NSGマウスを使用した肺癌マウスモデルをはじめて報告しました。少数の肺癌細胞を接種した場合、NSGマウスは、NOD-scidマウスなど他の免疫不全マウスよりも有意に腫瘍形成率が増えました。現在、倫理委員会で承認をうけ、肺癌などの呼吸器悪性腫瘍患者からの胸水を利用した腫瘍マウスモデルの作成を行っています。これは、特に腫瘍が特異な性質をもつ場合、薬剤耐性化機序解明や新たな治療薬の開発において、非常に有用であると考えています。
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臨床研究

より臨床に近い研究として以下の様なものを行っています。

  • 分子標的治療薬の有効性に関する臨床研究:進行肺癌に対する治療は分子標的治療が中心になると考えられます。今後多くの分子標的薬が開発される予定であり、大学においてもその臨床研究に取り組んでいます。肺癌の治療につながる遺伝子異常の解析を当科独自で行っていることに加え、国立がん研究センターを主管とする全国規模の組織(LC-SCRUM-Japan)にも参加し遺伝子異常を検出しています。また、西日本がん研究機構(WJOG)等を通じて多施設共同臨床試験も進めていきたいと考えています。
  • 自己免疫性肺炎の研究:2005年に私たちの研究チームはidiopathic NSIP(以下INSIP)は自己免疫性肺炎であるという概念をRespiratory Medicine誌上で提唱しました。この概念が近年再評価されています。今後前向きにINSIP症例を集積して、自己抗体や膠原病の合併率などを明らかにしていきたいと考えています。(膠原病グループとの共同研究)
  • 骨髄移植後肺線維症に関する研究:骨髄移植後数年を経て肺線維症(PPFE)となり死亡する症例があり、当院での外科的肺生検症例をまとめて新たな肺線維症の疾患概念として提唱したいと考えています。